谷垣 岳人
中国の自然保護区に年に数回行きます。生物多様性の保全政策についての聞き取り調査のためです。今年は上野動物園のパンダ、リーリーとシンシンの生まれ故郷、四川省雅安の中国大熊猫(パンダ)研究中心雅安碧峰峡基地(以下、雅安パンダ研究センター)と、四川省成都の成都大熊猫繁育研究基地(以下、成都パンダ繁殖研究基地)に行きました。
中国というと、13億人という世界一の人口をかかえながら爆発的な経済発展を遂げており、中国の自然環境を思い描くことは難しいかもしれません。しかし、中国には、乾燥した砂漠や草原から高温多湿な熱帯林まで多様な生態系があります。それぞれの生態系には、実に多くの生き物が暮らしています。
種数でみると、中国の哺乳類の種数は556種と世界第2位で、爬虫類は4位、両生類も6位です。鳥類は第8位ですが、種数は1329種にも及びます(ちなみに日本は542種、面積比から考えると日本も意外に多いのです)。さらに中国だけに生息する固有種も多く、哺乳類では20%(109種/556種中)が固有種です。このように、実は中国は地球の生物多様性のホットスポットの一つなのです。
しかし、人口増加や経済活動の拡大に伴い、多くの生き物が絶滅の危機にあります。国際自然保護連合(IUCN)の「レッドリスト 2010年度版」によると中国の絶滅危惧種数は840種です。その象徴的な動物はパンダ(中国語で大熊猫)です。パンダは中国の固有種で、その推定個体数はわずか1600頭です。愛らしい姿から動物園の人気者ですが、野生個体は中国の陝西省と四川省だけに生息しています。かつての分布域は広く、化石の記録からは中国の東半分くらいの範囲に生息していました。
パンダの特徴は、白黒の姿だけでなく、クマの仲間という進化的な系譜を忘れたかのような食性です。もともと雑食性のクマの仲間であるパンダ。なぜ竹しか食べなくなったのでしょうか(※)。そのわけは、200万年前頃の氷河期の到来だと考えられています。氷河期の到来により、餌となる生物が激減し、なかでも比較的量の多い植物に主食をスイッチして、厳しい環境を生き延びたと考えられています。(※正確には小動物などの肉も多少は食べるそうです)
竹という栄養の乏しい餌にスイッチするために、パンダの身体で進化した部分と進化していない部分があります。
大きく進化したのは、物をつかめるようになった手です。もともとクマの仲間は、指が前方向にだけ伸びています。なので、人間の親指のように指どうしが向き合わず、物をつかむことができません。ところが、パンダは手首の骨の一部が発達して、6本目の指があるのです。いわゆるパンダの親指です。これを巧みに操り竹を握ります。成都パンダ繁殖研究基地で、特別に子パンダの6本目の指を触らしてもらったのですが、指と言うより突出した肉球のような、柔らかく不思議な指でした。また固い竹の幹(桿)をかみ砕くため顎の筋肉が発達しています。だから、あの愛らしい丸顔なのです。
- パンダの親指