岡本 健資
インドの国旗がどんな模様かご存じでしょうか。
これがインド国旗です。インド料理屋さんでよく見ますね。
この国旗の内、
トリコロール上段のサフラン色は
「強さ」と「勇気」を示し、
中段の白色は
「平安」と「真実」を、
下段の緑色は「豊饒」と「成長」、
それに「吉祥」を意味するのだそうです。
では、真ん中の「輪」のようなものは何なのでしょうか。
これはダルマ・チャクラと呼ばれるもので、漢訳語では「法輪」にあたります。
日本でもよく仏教寺院で見かけますね。
それでは、インドは仏教国なのかといえば、そうではなく、
ヒンドゥー教徒が多数(10年位前のデータでは総人口の80%)を占め、
仏教徒は僅か(同じデータでは0.7%)です。
それでは、この「輪」は何を指しているのでしょうか。
この「輪」の由来はとても古く、紀元前3世紀まで時を遡る必要があります。
当時、インドでは空前の大帝国が生まれます。
西はアフガニスタン、東はバングラデシュ、北はネパールに至るまでの地域、
南は南端部を除くインド半島の殆どを支配しました。
この帝国の名前をマウリヤ朝と言い、
第3代の王アショーカの時に、その広大な領域が支配されたと言われます。
しかし、彼がそのような広大な地域を支配していた、とされる根拠は何なのでしょうか。
それは、アショーカが発した命令が、
摩崖法勅(自然石の表面を削って平らにし刻んだ勅文)や
石柱法勅(石柱に刻んだ勅文)として、彼の影響が及んだ地域に残されているからです。
なかでも有名なのはこの石柱でしょう。
サールナートにあるこの石柱はとても有名で、
インドの国章にも採用されています。
そして、(多分)これもそうです。
これは、インドのとある州境の看板に描かれた国章(らしきもの)です。
さて、私たちの視線は柱頭の勇ましいライオンに注がれますが、
実は、その足下にこの「輪」があります。
これが、アショーカがシンボルとして用いた模様であり、
インド国旗の中央に位置する「輪」に他なりません。
では、アショーカとはどんな人物であったのでしょうか。
何より「ダルマ(法)による統治」を行ったことで有名ですが、
それは、彼の命令自体が「法勅」(dhamma-lipi:ダルマの文)であると記されるうえ、
命令の中に「ダルマ(法)」(dhamma)の語が頻出するためです。
一体、法勅(ダルマの文)には何が記されているのでしょう。
たとえば、このような内容が記されています。
「人は、自分の行う善行のみを見て、自分の悪行を見ることがない。
自省は難しいが、人は狂暴、残忍、憤怒、高慢、嫉妬などが
罪業に導くものであることを念頭におき、
罪業に陥ることのないよう努めるべきである。」[石柱法勅、第三章の部分要約]
「すべての宗派に属する者たちが、すべての場所に安住することが理想であるが、
そのためには、各宗派に属する者たちにとって、言葉を慎み、我執を離れ、
他派の立場を尊重し、互いに和合することが必要である。
こうした行為によって、自己の宗派を増進させ、他派をも助長することになる。
一方的な自派の賞揚、他派に対する攻撃は、自派を損ない、
他派を害することになる。」[摩崖法勅、第七章、十二章の部分要約]
上記を見れば判るとおり、大抵の人が納得できることが書いてあります。
実は、そのことこそが、アショーカの法勅の特徴だと言われます。
すなわち、アショーカのダルマは、普遍的社会倫理について語っているというのです。
今から時を遡ること二千数百年前に、
特定の宗教や主義・主張に偏らぬ政治を目指した人物が
インドを支配する地位に就きました。
多様な民族・言語、多彩な宗教を包み込むインド亜大陸が
このような統治者を育てたといえるのかもしれません。
インド国旗にはこのような物語がかくされているのです。