2014年4月25日金曜日

韓国でも内発的発展への関心が生まれてきた

nakamura

中村 剛治郎(2014年4月24日)

韓国経済といえば、国家に後押しされるサムスン電子やLG、ヒュンダイといった少数の巨大輸出企業が大きく成長し、ほかの一般企業、中小企業は低迷している、公務員になるか少数巨大輸出企業に就職しないと賃金は安いし生活は苦しい、といわれるように、ソウル一極集中による地域格差や富と貧困の格差が激しい国である。それゆえ、韓国で地域振興策と言えば、巨大企業の工場誘致や、国家の公共事業の誘致で地域経済を振興すること、つまり、外部(首都ソウル)の大きな力に依存する外発的成長のことのように理解されてきた。
今年3月下旬、私は、この韓国で開催された2つの地域シンポジウムに招かれた。一つは、20日にソウルで開催された、地域財団主催の創立10周年記念シンポジウムであり、コメンテーターとして、農村地域の内発的発展や農業の6次産業化をめぐる課題、論点について発言をし、質疑応答に応えてきた。もう一つは、21日にソウルから南方125㎞にある忠清南道という地域の中心都市・公州市で開催された忠南発展研究院主催の「グローバル経済危機の時代、自律的な地域経済の可能性を問う」というシンポジウムであり、「グローバル経済・知識経済の時代における外発型地域経済の内発型地域経済への転化の道を考える」と題する講演を行ってきた。2つのシンポジウムを通して、日本に留学して内発的発展論を学んだ学者達の尽力を基礎に、韓国でも地域経済の内発的発展をめざそうとする考え方が少しずつ浸透してきていることがわかった。
地域財団のシンポジウムでは、新理事長に就任する朴珍道忠南大学教授が開会の挨拶の中で、「6月に地方選挙があるが、地方選挙の公約と言えば、公共事業で道路を作る、企業誘致をして地域経済を振興する、そんな中身のない、地域経済の発展につながらない選挙公約がまかり通ってきた。地域の内発的発展をいかにして進めるか、このシンポジウムで深め、中身のある公約と実践を求めて行かなければならない」と述べた。地域財団は、研究者・農業者の連携により農村地域の発展をめざす市民団体で、農村地域の発展をリードする人材育成にも力を入れている。韓国与党のセヌリ党系の人も野党民主党系の人も広く結集しているようで、ソウルに事務所を置く。
忠南発展研究院は、忠清南道という日本で言えば、県のシンクタンクである。忠清南道地域は、いま、韓国で最も経済成長をしている地域である。南部は農村地域で取り残されているが、北部に、ソウル大都市圏から分散するサムスン電子やヒュンダイなどの大工場が多数進出してきたためである。4年前の道知事選挙で民主党系知事が誕生した結果、忠南発展研究院は、南部農村地域の振興を重視する研究を進めてきたが、他方で、企業誘致に成功し経済成長を誇ってきた北部の外発的地域経済の実態を分析し、自律的な地域経済への道を考えるシンポジウムを開催するに至ったのである。
シンポジウムの来賓として参加したアン・ヒジョン忠清南道知事は、「私は、このシンポジウムで、地域経済と内発的発展という言葉にたいへん興味をもっています。地域経済を考えるということは、これまでの国の地域政策に見られたように、国土のどこに産業を配置すべきか、という発想と違うものだと思います。企業誘致をしたり、国の公共事業を引っ張ってきたりすることが地域経済の振興策とみなされてきたが、内発的発展という言葉には、地域の人々が主体になって、下からの共同の力で自律的な地域経済を創っていくような魅力的な響きを感じます。時間の許す限り講師の話を聞いて、地域経済とは何か、内発的発展とは何か、忠清南道のこれからの発展の道はどうあるべきか、しっかりと学びたい。」と挨拶した。なかなか、問題意識の鋭い、スマートな知事だなと感動した。
知事は、挨拶のあと、最前列真ん中の席に陣取った。最初の報告者である私は、急きょ、知事の基礎概念をめぐる本質的な問いかけに応える話を織り込むことにした。私は会場全体のあちこちに顔を向けつつも、知事が私の講演に関心を示しているかどうか、時折、様子を見ながら話を進めた。知事は、同時通訳に耳を傾けながら、一所懸命にメモを走らせ、最後まで熱心に聴講する姿勢を崩さなかった。まだ50歳と若い知事であるが、民主党の次代のホープと言われるだけあって、その熱心さ、スマートさ、に感動した。
韓国から帰国した後、忠南発展研究院の人から、アン知事は、その後の「道庁会議で講演の話を取り上げ、道庁職員みんなが聴くべき講演だったと称えたそうです。」とのメールが届いた。
同様に、朴珍道地域財団理事長からは、この方は、忠南発展研究院の前理事長でもあるので、2つのシンポジウムとも参加されたのであるが、「内発的発展論を一段階発展させる可能性を発見して嬉しかったのです。」という感想メールをいただいた。
 韓国の巨大企業が、国内に工場を分散配置しながら、輸出競争力を軸に成長して行く時代は、もはや、終わったといえよう。今後は、中国の新興企業にキャッチアプされたり、海外生産シフトを強化したりして、国内の工場を再編したり、雇用削減をしたりする動きを強めるであろう。韓国経済が、日本ほどの発展段階に至る前のレベルで、日本がこの四半世紀苦しんできたポスト工業化段階に移行することになる。もはや、地域経済の外発的成長を期待する地域政策の時代は終わったということであろう。地域経済の内発的発展と経済の地域内循環の深化という視点が、韓国で関心を呼んでいく時代が始まったことを意味する。
ところで、内発的発展論と言えば、従来、外発的成長か内発的発展か、という理念レベルの二項対立的思考や、中山間地域に見られるような住民の下からの地域づくり運動論に留まる傾向が強かった。実際には、都市では、外発的成長をしてきた地域経済が内発的発展の地域経済に、いかにして、転化しうるか(転換ではなく)、という動態的な経路修正(経路転換ではなく)の道を拓く政策論的な、新しい内発的発展論が課題になる。私は、いま、現代の内発的発展論を、主体重視の発展論的動態的比較地域制度アプローチとして展開している。韓国での私の報告は、この立場に立つものであった。
都市の動態的経路修正型内発的発展、主体重視の発展論的動態的比較地域制度アプローチについて、詳しくは、中村剛治郎『地域政治経済学』有斐閣、同編著『基本ケースで学ぶ地域経済学』有斐閣、同「地域問題と地域振興をめぐる研究課題」『経済地理学年報』58巻4号、同「地域経済学方法論再考」『エコノミア』63巻1号、同「中山間地域の内発的発展をめぐる理論的諸問題」『地域開発』2012年5月号、ほかを参照されたい。
ともあれ、グローバル化が重要と言われている時代に、ますます、ローカル化が重要になる、地域経済の内発的発展こそが課題になる、そして、内発的発展論の新段階というべく、外発型地域経済の内発型地域経済への動態的転化の道、経路転換ではなく経路修正、を考える政策論的思考が重要、といった認識が、韓国にも広がってきたことは嬉しい限りである。