2011年3月9日水曜日

インド国旗のおはなし

岡本 健資

インドの国旗がどんな模様かご存じでしょうか。


これがインド国旗です。インド料理屋さんでよく見ますね。

National Flag

この国旗の内、

トリコロール上段のサフラン色は

「強さ」と「勇気」を示し、

中段の白色は

「平安」と「真実」を、

下段の緑色は「豊饒」と「成長」、

それに「吉祥」を意味するのだそうです。

では、真ん中の「輪」のようなものは何なのでしょうか。

これはダルマ・チャクラと呼ばれるもので、漢訳語では「法輪」にあたります。

日本でもよく仏教寺院で見かけますね。

それでは、インドは仏教国なのかといえば、そうではなく、

ヒンドゥー教徒が多数(10年位前のデータでは総人口の80%)を占め、

仏教徒は僅か(同じデータでは0.7%)です。

それでは、この「輪」は何を指しているのでしょうか。

この「輪」の由来はとても古く、紀元前3世紀まで時を遡る必要があります。

当時、インドでは空前の大帝国が生まれます。

西はアフガニスタン、東はバングラデシュ、北はネパールに至るまでの地域、

南は南端部を除くインド半島の殆どを支配しました。

この帝国の名前をマウリヤ朝と言い、

第3代の王アショーカの時に、その広大な領域が支配されたと言われます。

しかし、彼がそのような広大な地域を支配していた、とされる根拠は何なのでしょうか。

それは、アショーカが発した命令が、

摩崖法勅(自然石の表面を削って平らにし刻んだ勅文)や

石柱法勅(石柱に刻んだ勅文)として、彼の影響が及んだ地域に残されているからです。

なかでも有名なのはこの石柱でしょう。

(『詳説世界史 改訂版』東京: 山川出版社, 2008年より)
Sarnath Lion Capital of Asoka

サールナートにあるこの石柱はとても有名で、

インドの国章にも採用されています。

national_emblem

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、(多分)これもそうです。

Bihar_Lion

 

 

 

 

 

 

 

 

 

これは、インドのとある州境の看板に描かれた国章(らしきもの)です。

さて、私たちの視線は柱頭の勇ましいライオンに注がれますが、

実は、その足下にこの「輪」があります。

これが、アショーカがシンボルとして用いた模様であり、

インド国旗の中央に位置する「輪」に他なりません。

では、アショーカとはどんな人物であったのでしょうか。

何より「ダルマ(法)による統治」を行ったことで有名ですが、

それは、彼の命令自体が「法勅」(dhamma-lipi:ダルマの文)であると記されるうえ、

命令の中に「ダルマ(法)」(dhamma)の語が頻出するためです。

一体、法勅(ダルマの文)には何が記されているのでしょう。

たとえば、このような内容が記されています。

「人は、自分の行う善行のみを見て、自分の悪行を見ることがない。

自省は難しいが、人は狂暴、残忍、憤怒、高慢、嫉妬などが

罪業に導くものであることを念頭におき、

罪業に陥ることのないよう努めるべきである。」[石柱法勅、第三章の部分要約]

「すべての宗派に属する者たちが、すべての場所に安住することが理想であるが、

そのためには、各宗派に属する者たちにとって、言葉を慎み、我執を離れ、

他派の立場を尊重し、互いに和合することが必要である。

こうした行為によって、自己の宗派を増進させ、他派をも助長することになる。

一方的な自派の賞揚、他派に対する攻撃は、自派を損ない、

他派を害することになる。」[摩崖法勅、第七章、十二章の部分要約]

上記を見れば判るとおり、大抵の人が納得できることが書いてあります。

実は、そのことこそが、アショーカの法勅の特徴だと言われます。

すなわち、アショーカのダルマは、普遍的社会倫理について語っているというのです。

今から時を遡ること二千数百年前に、

特定の宗教や主義・主張に偏らぬ政治を目指した人物が

インドを支配する地位に就きました。

多様な民族・言語、多彩な宗教を包み込むインド亜大陸が

このような統治者を育てたといえるのかもしれません。

インド国旗にはこのような物語がかくされているのです。