2011年3月27日日曜日

東日本大震災と災害復興の政策学-Cash for Workという考え方

石田 徹

1千年に1度ともいわれる日本観測史上最大の大地震とチェルノブイリを思い起こさせるほどの最悪の原発事故が同時に起こるという未曾有の大惨事に日本は見舞われました。後者の原発事故ついては、なお予断を許さない深刻な状況にあり、いずれは原子力依存の日本のエネルギー政策を厳しく問い直すべき時が来るでしょうが、今は原子力燃料を「冷やし」、放射線物質を「閉じこめる」ことに全力を注いでもらうしかありません。
 前者の震災についても、長期的には今回想定外の高さにまで達したとされる津波のみならず震度も含めてどういうレベルを想定して防災、減災対策を講じるか、という難問を解いていかねばなりませんが、当面はボランティア活動を含めて被災者救援に向けて最大限の努力を払う必要があるでしょう。と同時に、被災者およびその地域の生活を再建していくための復旧・復興の政策を早急に打ち立てることが重要です。今回のブログでは、災害復旧・復興にかかわる政策として注目されているCash for Work(CFW) プログラムを紹介します。私も最近知ったばかりで生かじりの知識であることを前もってお断りしておきます。
CFWとは、貧困問題に取り組むNGOであるオックスファム・ジャパンによれば、「現地の人々に地域復興へ向けた事業を提供し、現金報酬というカタチでサポートする支援」のことをいうとされています。発展途上国で起きた津波等の災害後において、男性が従事する復興事業の建築作業や漁業などのみならず、女性が携わる裁縫、工芸品製作などの産業も復興させることにより、それらの仕事から現金収入を得た人々が、政府機関や支援機関から独立し、自らの生活を立て直すことが出来ると同時に、自らの尊厳を回復することも可能となった、とされています。従来であれば復興支援において食糧などの現物を給付するのが一般的であったのに対して、仕事を創ってその労働の対価として現金を給付するCFWの方がプログラム実施において容易であるのみならず、被災者の自立や被災地域の経済再建にとっても有効であると考えられているわけです。この仕組みは、1998年のバングラディシュの大洪水、2004年インド洋の津波、あるいは2008年ミャンマーのサイクロン、2010年ハイチの地震などにおいて実施され、今日では大規模災害の被災者支援の方法として国際的に定着してきているといわれています。
 つい最近、CFWを今回の東日本大震災に対して適用すべきであるとの呼びかけが減災政策を研究されておられる永松伸吾氏(関西大学社会安全学部准教授)によって行われ、それに賛同する声が広がっているようです(http://disasterpolicy.com/shingoblg/)。具体的な提案も出されいて、例えば対象地域:岩手、宮城、福島の被災市町村、対象事業:災害復旧公共事業、清掃作業、被災者支援業務、実施期間:6ヶ月程度、実施主体:政府・自治体・民間企業・NGOによる共同プロジェクトチーム、財源:災害救助法などの災害復旧財源、といった内容が暫定的に示されています。
 CFWを実際に実施していく上ではいろんなハードルがあると思われますが、その一つはやはり財源の問題でしょう。ご存知のように日本の国家財政は火の車で、政府も復興財源としては子ども手当や高速道路の予算を振り向けるとしていますが、実際にはそれでは到底賄えず国債の発行やさらに復興税の創設といった案も出されてきています。これに対して今回のCFWの提案は、基本的には国債の発行は控えるとともに増税もしないという考え方を取った上で、限られた資源で有効な効果を生みだすというようにコストも考慮に入れたものになっています。
 ただCFWプログラムにおいて、コストを考慮しすぎれば、本来の主旨である被災者による自律的な生活再建、地域再生という目標が達し得なくなるという問題が起こります。また、CFWプログラムでは、就労できない人たちは対象となりません。そうした人たちは、当然のこと就労を強いられることなく生存、生活が保障されるべきであり、それゆえCFWとは別途の手立てを打たれる必要があります。ただ、生活再建、地域再生において必要とする労働は肉体労働ばかりではなく多様な被災者支援のサービス労働もあることを考えると、例えば一般的に就労が困難とされる高齢者や障がい者の方々が直ちにCFWの対象から外れるというわけではないことにも留意する必要があります。
その他にもCFWの実施においては様々な課題があるでしょうが、今回の大災害の復興において有力な手法であることは確かだと思います。今回提起されているCFWのより詳しい内容については、先に挙げた永松伸吾氏のHP「減災雑感」をご覧下さい。
今回のブログでは、災害復興に関わってCFWという政策手法を紹介しましたが、まさに現実に起こっている重要な問題の解決策を探る学問が政策学であることを分かっていただきたいと思います。