2011年5月23日月曜日

ウエルフェア・リングイスティックスを目指して

村田 和代

ここ数年間、workplace discourse(職場の談話)の研究をしています。調査方法としては、実際の仕事中の会話を録画・録音させていただきます。たとえば、会議中にビデオ録画をさせていただくこともあるし、仕事中にICレコーダーを身につけてもらったり、机上に置いてもらったりという場合もあります。会話の状況を理解するために、職場の様子を見せてもらったり、会話参加者の方々にインタビューすることもあります。もちろん、参加いただく方に了承を得た上でのことだし、当然守秘義務は守ります。でも、仕事中の会話を録画・録音されるなんて邪魔なことだし、自分の会話を分析されるのは嬉しいことではありません。

こういった状況で研究を進めることもあり、特に職場談話の領域では、研究をどのような態度で進めるかについて明確な立場をとっています。”[T]he academic research should be with and for the community under investigation instead of on the participants”(学術研究は、談話参加者に関して調べるためにあるのではなく、調査対象となっている言語コミュニティ「とともに」「のために」あるべきである。) (Holmes et al. 2011). つまり、職場談話の研究は、研究者の研究対象への興味本位だけで進めるべきではない。録音させていただいた大切な会話を、研究のための単なる「データ」として扱うべきではない。談話(会話)の研究を進める際には、研究に協力いただいている言語コミュニティ(たとえばある職場)の役に立つような研究となるべきである、という立場です。

社会言語学では、welfare-linguistics(ウエルフェア・リングイスティックス「社会の福利に資する言語・コミュニケーションの研究」)を目指すべきだと考えるようになってきています。職場談話の研究を行う中で学んだ上記のような姿勢は、コミュニケーションを研究する上で、非常に大切だと思います。こういった姿勢が、ウエルフェア・リングイスティックスにつながるのではないでしょうか。

2年ほど前、社会言語科学会で、『持続可能な社会の実現に向けて私たちのできること―ウエルフェア・リングイスティックスを目指して―』というテーマでワークショップを企画・開催しました。持続可能な社会の構築には、環境、経済、社会のバランスのとれた発展が必要です。環境やエネルギー問題、さらには経済活動に関する問題については従来から議論が行われてきました。しかし,こういった問題のみならず、人間の社会活動についてもっと広くとりあげ考えるべきではないでしょうか。特に、持続可能な社会に必要不可欠な「共生」「平等」「人権」といった人類の共存・社会の公正に関わる要因は、ことばやコミュニケーションと深く関わっています。ワークショップでは、このような要因と深く関わるであろうと考えられる領域から、医療、司法(裁判官と裁判員のコミュニケーション)、福祉(身障者やろうあ者とのコミュニケーション)、科学技術、政策(まちづくりをめぐるセクターを超えたひとびとによるコミュニケーション)をめぐることばやコミュニケーションの研究について紹介しました。 

今年から、政策学研究科で、「コミュニケーション応用演習」を担当しています。この科目では、社会とことばの関係を社会言語学の観点から考察し、(地域)社会の問題を、言語使用の側面から解決できる能力を身につけることを目指しています。この授業を通して、ウエルフェア・リングイスティックスとしてどのような研究ができるのか、そしてどのような研究が今必要なのか考えていきたいです。

チーム政策メンバーの先生方は、東日本震災後、それぞれの分野で積極的に活動されています。毎週末東北にむかい活動されている先生もおられ、頭が下がる思いです。今月末、『災害・震災時の情報弱者のための言語政策について考える』というテーマの研究会に参加してきます。私も、言語研究者として、微力ながら何ができるかを考え行動していきたいと思います。

(参考文献) Holmes, Janet, Meredith Marra, and Bernadette Vine. 2011. Leadership, Ethnicity, and Discourse. Oxford: Oxford University Press.