2012年5月9日水曜日

演習Ⅰの申し込みが始まりました

松浦 さと子

 

 第一期生の演習Ⅰへの所属申し込みが始まりました。昨年の連休明けといえば
まだ高校生の名残のある表情で、無作為に配属された基礎演習に戸惑っていた
政策学部生でしたね。でも「演習」は自分の意思で教員を選択できるとあって、目が
輝いているようにも思います。
 基礎演習では、大学に馴染み大学で生きるために同級生と共に生活することが
まずは目的でしたが、2回生後期から始まる演習Ⅰでは、極めたい特定のテーマに
接近するために冒険の海に出ます。これからの「演習Ⅰ」はまさに「自分で選ぶ」船
に乗るのだと例えられましょうか。

 進学を決めたときの思いをもう一度確認してください。みなさんは何かを探す航海を
目指してここに来たのではありませんか?「まちづくり」「社会問題の解決」「私たちの
社会をどうにかしたい」あのとき知りたいと思ったこと、極めたい領域につながるために
演習Ⅰはさらに具体的なテーマと手法を提示します。

 ただし、教員は船でも船長でもありません。乗組員としても役立たないかもしれません
し、陸から船に手を振るだけだったり(放任教育、これもまたゼミ生は育つ)、若者が柔軟
に選択する航路の邪魔をするかもしれません(Devilsadvocateともいう)。

 乗船者はそんな教員の乗っている船で、目的の場所を見失いそうになり、暴風雨にも
遭遇するなかで「私たちって、何て運が悪い・・・」とその船に乗ったことを後悔するような
状態に陥ったとき、乗船者同士が助け合い「われわれ感情」(we-feeling)(共に参加して
いるキモチ)を共有する連帯を実感するでしょう。
卒業にたどり着くころには、生涯を語れる仲間が得られているはずです。

 教員も決して使えない存在ではありません。そもそもいい磁石や地図を持っていたり、
過去の乗船者や他船と連絡が取れたり、天候が予測できたり、船に残された物語や出
来事、人々の体験を記憶していたり、それはゼミ生には大いに役立つのですよ。そして、
航海の難事にあたっては、その分野を先に走っている以上、少なくとも尋ねたいこと
あれば、きっと耳を傾けてくれるはずです。

 ただ、ゼミのなかで共有する先の「我々感情」や「役割感情」(role-feeling)(果たすべき
役割についての感情)も含めて、ゼミのコミュニティ感情を共有し、自己の成長につないで
ゆくことには独学にはない意義があることと思います。

 すなわち演習Ⅰに所属する醍醐味は、好きな教員のゼミに入ることばかりにあるのでは
なく、(もちろん、それはとっても楽しいことなのですが)助け合う一生ものの仲間ができる
ことにもゼミ活動の慶び、楽しみがあるのです。
 第一志望ゼミに入れない学生も出るかと思います。もし、そうなっても演習Ⅰの目的は
「仲間」「つながり」「関心事を極める」など、多様なものであることを冷静に判断し、学びの
目的やテーマを固め直して、二次募集に期待しましょう。