2012年12月14日金曜日

内発的発展論への関心の広がり

nakamura

内発的発展論への関心の広がり
                       龍谷大学政策学部教授 中村剛治郎

 内発的発展論は、地域の諸アクターによる主体的な創意工夫を原動力として地域に根ざした地域独自の発展をめざす、ボトムアップ型の地域発展論である。従来の、中央政府や大都市に本拠を構える大企業に依存する、企業誘致や公共事業誘致を重視するトップダウン型の地域開発論の限界を批判する立場から、農山村地域における発展のオルタナティブを模索する地域振興論として登場した。農山村地域なら、都市と違って、住民がまとまりやすいし、農協やNPO、地方自治体などが協力して取り組みやすいという利点を活かした考え方といってよい(拙著『地域政治経済学』第1章6節内発的発展論、有斐閣、2004年参照)。
 ところが、農山村地域の内発的発展論を都市の内発的発展論へと展開する実証的研究が生まれた。筆者の北陸・石川県の金沢地域を事例とする地方都市の内発的発展論である(拙著『新しい金沢像を求めて―転換期の都市経済戦略』金沢経済同友会、1986年、拙稿「地方都市の内発的発展を求めて―モデル都市・金沢の実証的経済分析」柴田徳衛編『21世紀への大都市像』第6章、1986年、拙著『地域政治経済学』第5章所収)。
 都市の内発的発展論は、内発的発展論としての立場を農山村の内発的発展論と共有しつつも、市場経済での競争や外部からの圧力、地域の諸企業、あるいは地域の外から進出している諸企業の動向と関係、内発的発展に一時的に成功しても、成功がかえって外部依存を招く外圧を呼ぶ、内発的発展の発展・危機・再生など動態的な内発的発展論必要とする、等々、視野に入れるべき論点が広がり、複雑になり、理論的にも実証的にも、内発的発展論の深化が求められる。
 筆者は、先ごろ、『地域開発』(日本地域開発センター発行)の編集委員として活躍されている同僚の矢作弘教授の勧めを受けて、中山間地域の内発的発展を特集する『地域開発』2012年5月号に、都市の内発的発展論を研究してきた立場から「中山間地域の内発的発展をめぐる理論的諸問題」を執筆した。
 実は、筆者は、農山村地域、中山間地域に素人なので、恐る恐る、この論文を書いたのであった。幸い、京都で活躍されている若手研究者の杉岡秀紀さんという方が、ツイッターで、次のように感想を述べておられるのを知り、少し、ホッとしている。
 杉岡 秀紀‏@sugiokahidenori5月27日「中村剛治郎(龍谷大学教授)「中山間地域の内発的発展をめぐる理論的諸問題」vol.572、日本地域開発センター、2012 読了。この論文では既存の内発的発展論そのものに問題提起し、静態ではなく動態的な比較制度アプローチや都市経済の内発的発展論により、発展論そのものの発展を示唆。」
 都市の内発的発展論は、最近、政府の広域経済論や大都市行政の立場からも注目され、新たな関心を呼んでいる。
 前者の動きは、内閣府が2011年11月に発行した『地域の経済2011』に見られる。
http://www5.cao.go.jp/j-j/cr/cr11/chr11030201.html
 同報告書第3章第2節は「内発的発展論と地域経済」と題し、拙著『地域政治経済学』や拙編著『基本ケースで学ぶ地域経済学』有斐閣、2008年、共通する立場の他の著作を引用して、次のように論じている。
 「北陸と四国地域の製造業では、前回の景気回復局面で好対照のパフォーマンスとなったが、こうしたことは、北陸地域がものづくりにおいて高い“実力”を持つことの証左であると判断してよいのだろうか。
 確かに、北陸地域あるいは金沢地域は、地域経済学の分野では、地域に根付いた多様な業種の産業がバランス良く成長を続け、地域の発展に貢献している好例として紹介され、内発的発展論のモデルケースとしてしばしば論じられている69)。内発的発展論とは、国際経済分野における発展途上国の開発経済論の中で取り上げられてきた議論であり、それが国内の地域経済論の分野においても援用されたものである。その概要は、①大企業の誘致による開発ではなく、地元の技術・産業・文化等を基盤として独自の産業振興を図り、その推進に当たっては、企業のみならず自治体、地域住民等多様な主体が参加するもので、②産業発展を特定の業種に限定せず、多様な産業連関構造を地域内で構成するとしており、そこで創出された付加価値が地元に帰属するような地域経済の質が作り上げられるとしている。また、③地域のアメニティを重視し、福祉や文化の向上等住民生活の発展に資するという総合目的を持っているものとして要約されている70)。
 注69)内発的発展(endogenous development)論については、例えば宮本・横田・中村(1990)、中村(2004、2008)、碇山・菊本・佐無田(2007)など。 70)宮本他(1990)、中村(2004)。
 同書は、北陸経済と四国経済の産業構造の発展の違いを比較分析して、内発的に機械工業を発展させてきた北陸経済の優位を実証的に解明して、内発的発展に注目しているのである。
 大都市経済の内発的発展を考える行政の動きは、日本第2の大都市・横浜市で生まれている。横浜市経済局経済企画課が、浜銀総合研究所に調査協力を委託して2012年3月に発行した『「横浜経済の内発的発展」実態基礎調査報告書』が、それである。http://www.city.yokohama.lg.jp/keizai/toukei/pdf/23naihatu.pdf
 筆者は、拙編著『基本ケースで学ぶ地域経済学』で京浜工業地帯・横浜・川崎経済を東京依存の外発的成長で、本来、内発的で自律的なはずの大都市にふさわしい地域経済の発展システムをもっていないと批判したが、横浜市の経済企画課がこれを受け止め、「戦前・戦後を通して、横浜経済の発展における産業集積の仕方は、他地域からの進出や誘致を集積の基本としていた。」と率直に書き、「横浜市における内発的経済発展」を模索するための実態分析と提言を行っている。 
 筆者は、農村の内発的発展にとどまらず、都市の内発的発展が多様な形で大いに発展し、日本の経済社会の未来、アジアや世界の経済社会の未来を、サステナブルな内発的発展を理念とする多様な諸地域の発展と連帯を軸に拓いていくことができればと夢見て、研究を進めてきた。いま、この研究は、理論的に政策論的にも、現代経済学における制度的アプローチの発展を独自に受け止めて、主体重視の発展論的で動態的な比較地域制度アプローチという新しい分析枠組みの構築を通して発展させることが重要になっている、と考えている。経済地理学会2012年大会共通論題報告で、筆者は、これまでの自らの研究史を総括して、この立場を展開した(『経済地理学年報』第58巻第4号2013年に「地域問題と地域振興をめぐる研究課題―地域政治経済学的アプローチの歩みを通して」として掲載予定)。
 内発的発展論の理論的政策論的深化と内発的発展の多様な試みの現実的な展開を期待して、いろいろな人々と議論を交わすことができれば、これほど幸せなことはない、と願う日々である。